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東京高等裁判所 昭和31年(ラ)897号 決定

抗告人(申請人) 滝沢正樹

相手方(被申請人) 株式会社読売新聞社

主文

本件抗告を棄却する。

抗告費用は抗告人の負担とする。

理由

抗告代理人は、「原決定中主文第三項(申請人その余の申請を却下するとある部分)を取り消す。相手方は抗告人が就労することを妨げてはならない。」との裁判を求め、その理由として別紙抗告理由書記載のとおり主張した。

よつて判断するに、本件記録によると、抗告人は相手方が抗告人に対し昭和三十年九月三十日なした解雇が不当解雇であることを主張して、原裁判所に、右解雇の意思表示の効力を停止し、右解雇の意思表示の翌日以降本案判決確定に至るまで解雇当時の賃金に相当する一ケ月金一万三千三十六円の割合による金員の支払を求めるとともに、相手方は抗告人が就労することを妨げてはならないとの趣旨の仮処分の申請をなし、原裁判所は審理の結果、抗告人の右仮処分申請中、解雇の意思表示の効力の停止と賃金の支払を求める部分については抗告人の主張を理由ありと認めてその旨の仮処分決定をなすとともに、就労の妨害排除を求める部分については、本案請求権の疎明がないことに帰するとして、抗告人の右仮処分申請を却下する旨の決定をしたものであることが明らかである。ところで抗告人の本件抗告理由の要旨は、労働者は使用者に対して就労請求権を有するものであるから、不当解雇であることを認めながら本案請求権の疎明がないとして抗告人の本件就労の妨害排除の仮処分申請部分を却下した原決定は違法であるというに帰する。しかし、労働契約においては、労働者は使用者の指揮命令に従つて一定の労務を提供する義務を負担し、使用者はこれに対して一定の賃金を支払う義務を負担するのが、その最も基本的な法律関係であるから、労働者の就労請求権について労働契約等に特別の定めがある場合又は業務の性質上労働者が労務の提供について特別の合理的な利益を有する場合を除いて、一般的には労働者は就労請求権を有するものでないと解するのを相当とする。本件においては、抗告人に就労請求権があるものと認めなければならないような特段の事情はこれを肯認するに足るなんの主張も疎明もない。のみならず、裁判所が労働者の就労に対する使用者側の妨害を禁止する仮処分命令を発しうるためには、その被保全権利の存在のほかに、かかる仮処分の必要性が肯定されなければならないわけであるが、本件仮処分においては、冒頭認定のとおり、相手方のなした抗告人に対する解雇の意思表示の効力の停止と賃金の支払を求める限度において抗告人の申請は認容されたものであるから、抗告人は特段の事情のない限り、それ以上進んで就労の妨害禁止まで求め労働者としての全面的な仮の地位までも保全する必要はないものといわなければならない。そして右説示のような特段の事情を認むべき何等の疎明の存しない本件においては、結局仮処分の必要性の点においても、その疎明のないことに帰するのであつて、いずれの点からしても本件仮処分申請中就労の妨害禁止を求める部分は理由なしとして排斥を免れない。従つて、右申請部分を排斥した原決定は相当であつて、本件抗告は理由がないからこれを棄却することとし、抗告費用は抗告人に負担させ主文のとおり決定する。

(裁判官 村松俊夫 伊藤顕信 小河八十次)

(別紙)

抗告理由書

本件決定は労働者である抗告人の就労請求権に関する申請をその疎明がないからとして却下している。

しかし労働者が使用者より不当に解雇されたことを理由に地位保全の仮処分の申請があり且つ就労妨害排除を求める申請がなされた場合はその労働者に就労請求権があるかないかは純然たる法律上の判断であつて疎明の有無によつてその結論を左右される可きものでは有り得ない。

今本件決定につき右の法律的判断を示すところをみるに「就労は労働者の義務であつて権利ではないから就労請求権は法律上認め得ない」ものとなしている。

然し乍ら債務者が適法な履行の提供をなした場合正当な理由なくしてこれを拒絶することは単に債権者遅滞の効果を発生するのみでなくて債務者において受領を催告して契約を解除し得る等受領拒絶自体が一種の債務不履行としての効果を発生するものと考えることが債権関係が債権者債務者相互間の信頼関係を基礎とし債務の履行は両者の一致協力により始めて円満完全に成就せられるとする民法第一条の趣旨に副う所以であり、斯く考えてくれば本件において抗告人の労務の提供を受領することは正に被抗告人の義務であり且つ労務の提供の受領を要求することは抗告人の権利であると云はなければなるまい。

本件決定においては被抗告人が抗告人を不当に解雇したものとして抗告人の地位を保全し、抗告人の賃金請求権を認容しているものである。此の場合一歩進んで右の見地から抗告人の就労に関する請求も亦理由あるものとなさねばならず此の点において疎明がないとして却下した本件決定は抗告人として首肯し得ないものである。

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